空き瓶をおしゃれにリメイク

私はついつい空き瓶を捨てずにとっておく習性があります。
前世に何か瓶で困っていたのでしょうか?
ラベルをキレイにはがすのも得意です。

今ではいろいろな大きさや形の瓶が自然に集まってしまいました。
あまりに増えるので、最近は1か月に一度はチェックし、空き瓶を貯めすぎないように、不燃物のゴミの日に出していました。

ところが、私の8歳になる娘が空き瓶を欲しいと言い出し、その空き瓶で何かを作っているのです。
かわいいテープやボタン、リボンや端切れを空き瓶につけてリメイクです。

いろいろな瓶が出来ました。
その瓶にビーズを入れて見たり、ヘアピンを入れたり、鉛筆立てにしたり、使い道はいろいろです。

机に並べるとカラフルで、窓から差し込む光が瓶に反射して綺麗でした。
子どもって改めてすごいなぁと感心しました。
子どもの想像力が尽きるまで、またせっせと瓶を集めたいと思います。

ところがです。

ビン自体が最近、手に入らなくなってきました。
ジュール類はペッドボトルと紙パックが主流ですし、買い物ついでに空きビンを見過ごして、調味料コーナーなどを見るのですが、ほとんどありません。

これも時代の流れなのか、それともコストや環境面への配慮でしょうか。
環境面なら、リユースとしてビンがいいのでしょうが、逆にコストがかかるらしいですね。
地球にやさしい環境国としては、合理的な素材が良いのでしょう。

思い出の祖父家の納屋

かつて私の祖父母の住んでいた家には、ごくごく小さな納屋のようなものがあった。
納屋といっても、トタン張りのものだったが、大工を目指していた祖父が手ずから作ったものだった。

母屋からでて飛び石を渡って行くその小さな小屋は、子供の私の目にはまるで離れのように思えた。
そこには祖父が毎年漬けている梅の砂糖漬けの瓶が置いてあるのだ。
5リットルサイズの、赤いプラスチックの蓋がついた瓶である。
中に入っているのは素晴らしく大きな南高梅だ。
したたり落ちんばかりに梅のエキスが溢れている。

南高梅は、普通の青梅と違ってもっと熟成されたような、発酵されたような濃い香りがする。
どの梅の粒もぱんぱんに張っていて、見るからにしっとりと柔らかそうだった。
あの梅程香りが良くて美味しい梅をまだ食べたことがない。
我が家でも毎年漬けているが、なかなかあの味が再現できないのだ。
途中で瓶を振るようにしたり、梅の実にあらかじめ楊枝や穴をあけたり、あけなかったりと色々な方法を試しても、結局は違うものになる。

南高梅も試したが、発酵が進みすぎてガスがでてしまって失敗した。
祖父はもう亡くなってしまって、あの味を口にすることはもう二度とできないかもしれない。
私達孫が遊びに行くと、必ず薄暗い納屋に行って梅の瓶を取ってきて食べさせてくれた。
何度か覗いたその納屋には、いらなくなった本やら工具やら、どう考えても二度と使わないであろうものたちで溢れかえっていたが、私にとっては美味しいもののある素敵な場所だった。
今でも、よそのお宅に納屋があるのをみると、どうしても祖父と梅を思い出す。