密かに、魔女の舘と呼んでいるレストランがある。
長年ここに住んでいるというのに、その存在を知ったのはほんの数年前のことである。
建物そのものの存在は前から気づいていたのだが、特別興味を持つような建て構えでもないし、これと言って目立つ店でもなかった。
たまに興味本位で挑戦して、思いっきりがっかりと言うか期待通りマズイ物が出されることもあるから、そんな冒険はしないでおこうと思っていたのである。
それなのに、その日私は営業中の看板を確認すると、ふらりと立ち寄ったのだ。
財布を持って出かけたことも理由だし、風が冷たくて温まりたい気持ちがあったことも店に入るきっかけだったと思う。
ここで、その後長い付き合いになる店のオーナー、現在私が料理の面でとても尊敬する魔女に出会うことになる。
店の中はとにかく緑がいっぱい。
そこもまた何だか森の中に迷い込んだような気がして、いっそう魔女感を醸し出している。
そして少々古ぼけている。
良く言えば、アンティークっぽいと言うのだろうか。
私のコドモ心をくすぐった。
何かステキなことが始まる予感。
そんなおとぎ話の中に紛れ込んだような気がした。
魔女が作りだす料理は、野菜がメインである。
この野菜、どれもこれも本当に美味しい。
それに、私が想像しないような意外な作り方をしている。
味付けもそうだが、切り方や盛り付け方もそうだ。
まるで魔法にかけられた、不思議の国のレシピのようである。
この店では、シメにハーブティーを頂くことにしている。
魔女の秘密のレシピで作られた、時に派手に赤く、時に柔らかなグリーンのハーブティーが差しだされる。
これを飲んで思いっきりメルヘンの世界を堪能して、私はまた家族の世話を始めるのである。